会話のない毒家族。子供への影響と親の末路 (2)

会話のない毒家族。子供への影響と親の末路 (2)

私は、自分のことを、優しい人だと思っていました。実際、父がかわいそうだ、と思ったり、進んで父が孤立しないように接した私は、出来過ぎなくらい優しい子供だったと思います。しかし、それは私の人格形成上、自我確立上は間違っていました。私は、いつも父の気持ちに寄り添った言動ばかりしていて、自分を大切にする、ということをしてこなかったのです。 ...

だから私には、人に合わせることはできても、自分がない。いわゆる「察してちゃん」だったと思います。人の気持ちを始終察してあげている分だけ、自分も人から察してもらって当然だ、と思っていたと思います。そしてそれより問題なのは、自分が今どう思っているのか、とか、今どうしたいのか、人にどうして欲しいのか、とか、そういうことが全くわからない。だから人から「何も言わなくても私のこと、察して欲しい」と思ってしまうのです。

『毒親』に関する本を読んで、私は典型的な毒親育ちなのだと気づきました。そして、私の親子関係はまったくもって間違っていたのだと。子供は本来、自分のことで精いっぱいで、親の面倒などみる余裕などないはずの存在なのです。それなのに、私は、家でひとりテレビに向かってしゃべり続けている父がかわいそうで、相手をし、父の面倒を見続けてしまいました。当然のことながら、「自分」のことは、2の次になっていきました。

私は確かに、成長するにつれて父が「そうだそうだ」と言っていることに、自分は賛同できなくなったり、父がテレビに向かって怒っていても、自分はそうでもなかったりしたことが多くなったと思います。しかし、同調していないと怒り出す父に合わせ続けてしまった。本当はそんな父が陶しく感じられきたのに、その気持ちにもふたをし、自分の意見にも、気持ちにもふたをし、生きてきてしまいました。

それに気づいたとき、私は、自分が空っぽのような気がしました。取り返しのつかない30年を送ってきてしまったのだな、と絶望的な気分になりました。そんな私を救ってくれたのが、『毒親』という言葉でした。私は、自分に「自分は今どう思っているのか」「どう感じているのか」「何がしたいのか」・・父の相手をしてきたように、自分の相手をし続けました。始終頭の中がそれでいっぱいで、ほかのことに手が回らないくらい。でもそのときに思いました。「自分のことを自分でちゃんとするって大変なことなんだな」と。

長い長い時間がかかりましたが、私は自分を取り戻しつつあります。父にはせめて、私と一緒にテレビをみながら、「お前はどう思う?」と問いかけて欲しかったな、と思います。そして母にも。厄介な父の面倒を私が進んでみていることに、母には満足しているきらいがありました。私は母から、父を押し付けられていたような状況ではなかったのか・・それを考え始めると、父以上に、母に腹立たしさを感じている自分に気づきます。


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