発達障害のうつ。原因は「親の育て方」だった!

発達障害のうつ。原因は「親の育て方」だった!

発達障害の人の中には、うつ病になる人が多いと言われています。それはなぜなのでしょうか。その原因は? 発達障害の人のうつ病は、定型発達の人のうつ病と、何か違いがあるのでしょうか。発達障害の人のうつ病には、どう対処すればいいのでしょうか。 ...

発達障害の人には、うつ病が多いと言われています。また、うつ病を疑い病院へ行ったところ、それをきっかけで発達障害であることがわかったという人も多くいます。

発達障害うつ病は、違うものです。発達障害うつ病を引き起こす、といったことはありません。また、発達障害の人が必ずうつになるのかと言えば、そんなこともありません。しかし実際には、発達障害の人には、うつ病が多いのです。それはなぜなのでしょうか。

発達障害の人は、「空気が読めない」などと言われます。人の表情を読み解くことが不得手だったり、言うべきことではないことを言ってしまい、ひんしゅくを買ったり、周囲から浮いてしまったりしがちです。そんな発達障害の人が、そのことに悩んでいないか、と言えば、決してそんなことはないのです。

言ってしまっては、その場を凍り付かせ、「あ・・まずいこと言ったな」とは思っても、また同じことをしてしまいます。人の表情やその場の空気を読むことができなかったり、言動が衝動的だったりするため、どんなに反省しても、また同じことをしてしまいます。そして、自己嫌悪に陥っていたりします。

人の輪に入りたいのに入れなかったり。友達が欲しいのにできなかったり。人から嫌われてしまったり。人間関係の悩みやストレスは、うつ病の最大の原因です。発達障害であるかどうかに関わらず、それは同じなのです。しかし、発達障害の人には、人間関係に悩まされることが多い。そのため、うつ病になるリスクも高いと言えます。

発達障害の人がうつ病になる原因は、それだけではありません。発達障害の人の中には、親や家族の無理解により、人格形成がうまく成されず、自我未発達なまま大人になってしまう人がいます。「自分がどんな人なのかわからない」「自分に自信が持てない」「何のために生まれてきたのかわからない」「自分なんかいない方がいいと思う」「自分が好きになれない」といった生きづらさを感じており、それがうつ病を引き起こすことがあるのです。

ここにもそんな人がいます。ある発達障害の人が、その経験を語ってくれました。

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私のうつ病は、発達障害が原因だと思っていました。違いました。「親」が原因でした。

私の母は、見栄っ張りな人でした。人からいい母親だと思われたいといつでも考えているような人で、私に常にイイコでいるように強制しました。

発達障害のあった私は、確かに、幼い頃から、変わったところのある子供でした。友達と仲良くできないばかりか、「仲良くしたい」とも思っていなかったように思います。

そんな私の一挙手一投足に口を出しました。友達にはこうしなさい、こう言いなさい・・母は毎日毎日・・事細かに私のしたこと言ったことにダメ出しし、「こうすべき」を教え続けました。小学校に入る前から始まり、ずっと。毎日毎日。

そして私は、完全に壊れてしまいました。

母に言われたとおりのことを、したり言ったりできるようになった小学校高学年の頃から、私は母に、あまり叱られなくなりました。でもその代わり、自由に自分の言いたいことを言い、したいことをする、ということができなくなっていました。いつでも、何をするにしても、「なんて言えばいいんだろう」「どうすればいいんだろう」と母の「教え」を紐解きそのとおりにします。まるで母のクローンのようでした。そして、余計なことはしない・言わない、と決めていました。自分が嫌いでした。生きていて楽しいとか、思ったことありませんでした。

私が発達障害を疑われたのは、小学校のとき。学校の先生からそう言われた、と母が落ち込んでいたのでよく覚えています。母は、私を関係機関に受診させることをしませんでした。母はひたすら、私の中によく見られる「発達障害っぽい言動」を撲滅しようとしました。「人の話に割り込む」とか「しゃべり出すとずっとしゃべってる」とか「忘れ物が多いとか」とか「年の割に、言動が幼いことがある」とか。それらはADHD(注意欠陥多動性障害)の特徴で、私からしたら、治すことは難しいことでした。しかし母に、少しでも発達障害に(母から言わせれば)誤解されるようなことをしないように、注意され、ときにはきつく叱られ、そして、母から監視され続けました。

今思えば母は、明らかに私を「発達障害ではないように見える」ように矯正しようとしてたと思います。「発達障害には見えないような振る舞い」を強制され、私は「普通の人」を演じていました。それは、自分で自分の個性を完全否定しているような状態でした。自分のことが好きになれなくて、そして、生きていて楽しくなくて当たり前でした。

そんな私は、社会人になってうつ病になり、一時休職しました。人前で話しをしたり、意見を求められたりしても何も言えず、会議とかプレゼンテーションがあるたびに、ズル休みしたくなりました。自分に自信がなく、ちょっとした挫折や失敗で、自分のすべてがダメであるかのようにひどくヘコんでしまい立ち直れませんでした。

私は、病院でカウンセリング治療を受けました。そして、今は職場に復帰しています。私が治療し改善したこと。それは、発達障害ではなく、「自我未発達」でした。

私は、母から「私らしさ」のようなものを全否定されて育ち、自分がどんな人なのかわからない、自分に自信が持てない・・といった自我未発達な状態でした。生い立ちを振り返り、親が自分にしてきたことが、間違っていたことに気づきました。私は母から「こうあるべき」を押し付けられ、自分らしくあることを禁止されて育ってきました。それは、人格否定であり、私の尊厳を汚す行為であったこと。それに気づくことで、自分はもっと自分らしく生きていいんだ、という自信を親から取り戻すことができました。

私は母から、発達障害っぽいところを嫌われ、矯正され、自分でもそれが悪いところだと思い込んでいました。でも、それが「私」だった。発達障害であることは、事実なのであり、それを失くしてしまおうとか、隠そうとしたら、自分がなくなる。どんなにそれが厳しい現実でも、発達障害の自分、それが自分なんだと、思春期に思えるようになっているべきだったし、親は、そうなれるように私のすべてを受入れ愛し、支えてくれるべきでした。

私は思います。私の悲劇は、発達障害に生まれたことではなく、毒親育ちだったこと。発達障害の子供は、他の子供とは違ったところがある。そのために、学校や地域社会に溶け込めず孤立しがちにもなる。でもそんなとき、親が、子供の味方になってくれなかったら、子供はどうなるんだろうと思います。母からダメだしばかりされていた幼かった私を思い返すたび、胸が苦しくなります。

私は、今職場で、自分の得意なことを苦手なことを、はっきり周囲に伝えることを心がけています。うつ病になったことで、職場に自分が発達障害であることがバレたときには、自分はもうおしまいだと思ったけれど、ピンチをチャンスに変えようと思いました。

発達障害の人には、できることとできないことの差が大きい、という特徴があるのだそうです。実際私もそうだな、と思います。得意なことには秀でているので、ほかも同じようにできるだろうと期待されたものの全然できず、気まずかったことがたびたびありました。

たとえば、私は、ひとりでやる仕事では能力を発揮できでも、チームワークを必要とする仕事はうまくいきません。そのことを上司に言い、話し合い、そこを加味して上司は仕事をアサインしてくれます。上司は上司で、このくらいできるだろうと思ったことができなかったりするのが「?」だったようです。自分の得意なこと、苦手なことをハッキリ伝えることで、どんな仕事を私に割り振ればいいのかよくわかるようになった、と言っていました。

職場での飲み会とか食事会も「無理!」って感じで、同僚にも、そういうのがひどく苦手であることを言い、参加は極力しないでいるけれど、そこは周囲になじめず気まずさを感じることもあるかな・・。それでも、自分にできることは進んでやろうと思っています。誰にでも得意なことがあれば、苦手なこともある。得意なことで、役に立とうと思っています。

発達障害の私は、「甘えてる」とか「発達障害を言い訳にしてる」とか言われたり、誤解されることも多い。辛いな、と思う。でも、最近知りました。親子関係のしっかりしている人は、「親だけは自分の味方でいてくれる」と子供の頃から刷り込まれているから、人から誤解されても自分を見失わないんだ、と聞きました。そうかもしれないな、と思います。発達障害毒親の組み合わせは最悪・・と聞いたことがあるけれど、確かにそうなんだろうな、私はそういう宿命を背負って生まれてきてしまったのだな、と思います。 [...]


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