自分は特別だと思っている毒親 (2)

自分は特別だと思っている毒親 (2)

私には、自分が特別であることに精いっぱいで、友情をはぐくむとか、友人関係を楽しむとか、そんな余裕はありませんでした。ときには、友達をいじめるようなことすらしました。自分より優秀な子がいたら、自分が特別でなくなってしまう、父や母に捨てられてしまう、と思ったから。 ...

そしてそれは、子供の誤解などでは決してありませんでした。

私が大学受験に失敗したとき、私以上に落胆したのは、両親でした。「来年は、絶対合格するからね。ごめんね」と、私が両親を慰めました。自分のやりたいことを優先して、ごくごく普通の会社に就職したときは、ひどく不機嫌になられました。そして、ごくごく普通の人と結婚したときから、両親は私に冷たくなりました。

私は結婚して、プレッシャーから解き放たれました。実家から離れた場所に新居を構えたときのあの開放感は、たとえようもありません。しかし私は、生涯にわたっていつもどこか孤独です。この満たされることのない孤独感は何なのか。幸せなはずなのに、なぜ?と思います。

人生も折り返し地点を過ぎたこの歳になって、つくづく思います。子供の頃、親の愛情に育まれるということは、いかに大切なことなのかと。私は最近、家庭菜園を始めたのですが、野菜を育てながら、自分の人生と重ね合わせてしまうことがあります。一粒の種が、芽を出し、実になるまでには、いい土壌と、たくさんの水と、栄養分と、太陽の光が必要で、実をつけるまでの「育てる」期間にそれをしておかなければ、もう遅い。豊作にはならないのです。

毒親』という言葉を知ったとき、何かすれば、私も普通の人と同じようになれるのかな、と思いました。しかし、子供の頃の愛情不足を後で補うには限界がある。「私はずっとこのまま、どこか普通じゃないまま一生を終えるんだろうな・・」と思っては、親を恨んでみたり、怒り狂ってみたり、ひどく落ち込んでみたり。でも「どうにもならないなら、それはそれでいいか」と諦めがついたとき、本に書いてあったことの本当の意味がわかったような気がしました。

あんな親の元に育った歴史も私の一部。それをまるごと自分で引き受けて、生きていけばいいんだな、と。

一度でいい。世間からみたら、ごくごく普通の私を「お父さん、お母さんにとっては特別な子だよ」と言って欲しかった・・。でも、その経験がない私だから、今の私があるのだと思います。顔っでは笑っているけれど、決して消えることのない孤独感とひとり闘っている私も「私」。家族を大事にすることや、その思いを照れずに伝えること、それだけは忘れないようにしよう、と日々思っている私も「私」。そんな「私」でいいのかな、と思います。


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