娘を支配するモラハラ親 父親によるモラルハラスメントの影響 (2)
父はよく、「どうなっても知らないぞ」と言いました。カンカンに怒っているときにもそれを言うのだけれど、機嫌がいいときにも、冗談めかして言ったりもします。冗談なのか、本気なのかわからない。でも、私を不安にさせ、父に支配されていくようになるのに十分なひと言でした。 ...
「どうなっても知らないぞ」の中身を具体的に言わないのも、父のたくみな罠だったのかも、と思います。はっきり言わないので、私はいろいろ考えてしまいました。何も買ってやらないぞ。進学させてやらないぞ。今度の旅行、お前だけ連れていかない・・父の言わんとしていることをひとり考え、悩み、父の「思うつぼ」になっていったと思います。
そんな生い立ちの私は、ずっと誰とも親しくなれず人生を送ってきました。
誰と知り合っても、自分はうっかりすると人を怒らせると思い込んでいて、あまりしゃべりませんでした。しゃべらないので、相手の人が、「仲良くしたくないのかな」と思うのだと思います。みな、私から去って行きました。
そんなことばかりだから、私は、人から嫌われているような気がして仕方ない。生きてて楽しいと思ったことなんて、今までない。子供の頃からずっと。
私が「モラハラ」と言う言葉を知ったのは数年前、40歳目前のことでした。それは、モラハラ夫に苦しんでいる奥さんの話だったのだけれど、そのモラハラ夫が、自分の父親にそっくりだと思いました。そして知りました。「私は父親から、されるべきではないことをされてきたのだな」と。
モラハラ父の、たくみな心理操作にひっかかり、まんまと父に支配されてしまいました。「自分はなんて弱い人間なんだろう」と思いました。自分が情けなく思えました。でも今は、そう思っていません。私は、モラハラ夫にひどいことをされている奥さんたちのことを、弱い人だなんて思わない。ひどいのは、モラハラしてる方。だから私も、自分を責めるのはやめようと思いました。
私が変わったのは、父と「対決」したことがきっかけでした。悔しかったので、父に言いたいことを言ってみようと思いました。
10年ぶりに、実家に帰り父と対面しました。やっぱり父のご機嫌を損ね、うんとうんとひどいことを言われました。でも、モラハラについてちょっと勉強した私は、以前の私とは違いました。
10年もの間、実家に帰らなかった私について散々説教した後、父は言いました。「まぁ、お前も改心したなら、今後付き合ってやってもいいぞ」。付き合ってやってもいい? アンタ何様?と思いました。
私がなぜ10年間も実家に帰らなかったのか、それはお父さん、あなたが原因です、ということを言ったら、やっぱり父は怒りました。「どうなっても知らないぞ!!」と脅してきました。
「俺の言うことを聞くなら、付き合ってやってもいいぞ」「お前にも少し遺産を残そう」などと、餌をちらつかせておいて、ちょっとでも機嫌を取らないと「どうなっても知らないぞ」と脅してくる。「これが父の常套手段か・・」と思いました。
父は、私が子供の頃の父と何も変わっていないのだと思います。でも、それを受け止める「私」は違います。「よくもまぁ私は、こんなモラハラおやじの元で育ってきたものだ」と思いました。「私は、これでもちゃんと育った方かもしれない」と、自分のこれまでの苦労をねぎらってやりたい気持ちになりました。
父と会うことに耐えられなくて、10年もの間、実家に帰らず逃げ回っていた私だったけれど、「いつか帰らなくちゃいけない」「帰ったら、ひどいことになるんだろうな」といつも私は怯えていて、精神的には、親の支配下にいたままだったのかもしれません。10年ぶりの再会は、ぐちゃぐちゃなまま終わったけれど、私の中では決着がつきました。縁を切ります。ありえない。悪質。付き合えるレベルにありません。
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