寂しがり屋の毒親が原因の鬱 (2)

寂しがり屋の毒親が原因の鬱 (2)

「私のの原因は、共依存でした」。そう語るこの人は、両親揃って寂しがり屋の家庭に育ちました。 ...

「暗い雰囲気の家庭でした。父も母も内弁慶で、友達はいませんでした。サラリーマンだった父は、私だけが生きがいだと言っていました。専業主婦の母は、私の世話を焼きたがりました」。

陶しいと思ったこともあったと言います。「でも、それは大きな不満にはなりませんでした。父も母も、私を必要としていました。それだけが、私の心の支え、私の存在意義みたいに感じていました」。

内弁慶な両親は、外ではいつもニコニコ笑っていたと言います。「みな、いいご両親に育てられて幸せね、などと私に言いました。でも、私は生まれてこの方、一度も親から愛されてると感じたことがないんです。親の愛情を感じられない自分は、人として重大な欠陥があるに違いない、とずっと気にしていました」。

この人が変わったのは、になり『共依存』という言葉を知ったことがきっかけでした。

共依存の本を読みました。そこに書いてあることのすべてが『私』でした」。

この人は、友人関係でも問題を抱えていました。かわいそうな人と友達になったり、困っている人を助けるのが好きだったそうです。「カウンセラーになろうかな、と思っていました。今考えると可笑しいです。自分がカウンセリング受けなくちゃいけない状態だったのに。自分は、優しい人だと、酔いしれてたんです。その人間関係が変だとは、まったく気づけていませんでした」。

この人は、共依存だった頃の自分を振り返りこう言います。「私は、親と無理して付き合ってきたんだと思います。一緒にいてあげなくちゃかわいそうだ、いつまでもかわいい娘でいてあげなくちゃいけない、と頭の中はそればかりでした。そんな役回りを親から押し付けられて、人格が曲がっちゃったんだと思いました」。

しかし、この人がそれに気づいても、親との関係は変わらなかったと言います。「自分は束縛されてるように感じている、と両親に言ってはみましたが、聞き入れてもらえませんでした。父には『お前ほど、親にかわいがられた子はいないんだぞ。贅沢病だ』と言われました。母は『裏切られた』と私に言いました」。

これが、寂しがり屋の親の最大の問題です。本人は、子供に愛情を注いできたと信じきっているのです。単なる「子供への依存」であることに気づかずに。子供に一緒にいてもらわなくちゃ困るのは、親の方なのに、「子供と一緒にいてあげてる」と錯覚している典型的な毒親です。

「自分は、裏切り者なのかな」と悩み、さらにがひどくなった時期もあったそうです。「でもそれも、子供を共依存にする親の典型なのだと知り、安心しました。子供を束縛しようとしているから、母は私のことが裏切り者に見えたんだと思います」。

この人は、自分と親との親子関係が異常だと気づき、友人関係や、職場での人間関係が劇的にいい方向へ変わったと言います。「普通の親は、子供を自分の『おともだち』として囲い込むようなことはしないものだと思います。親のことなんかほっといて、遊びたい子と遊びに行っちゃうような私でも、寂しそうな顔しないで、おかえりと笑顔で迎えて欲しかったと思います。そんないい家庭のイメージを頭の中に描いているうちに、自分の共依存は、いつの間にかよくなっていました」。


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